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ライブハウスまわりの著作権の基礎を整理してみる(前編)

学生時代をすごした町には、ユニークで楽しいライブハウスがたくさんありました。今思えば、非常に恵まれた音楽環境だったと思います。1960~80年代、そこから全国区の音楽家がたくさん出たのも、こういった環境と無縁ではなさそうですね。ライブハウスは、地域の音楽文化の拠点であり、新しい才能のインキュベーター(孵卵器)でもあるんでしょうね。

1 そもそもなぜ著作権手続きが要るのか。しかも事前に


さて、今日はこのライブハウスにまつわる著作権について基礎を整理してみたいと思います。
ライブハウスに限らず、自作曲以外のカバー曲、つまり他人の作品が演奏されるケースでは、著作権について考える必要が出てくるようです。著作権法は、非営利の演奏を除き、事前に著作権の手続きをしなければならない旨を定めているからです(第22条、第38条1項)。
非営利の演奏、と判断されるには、要件が3つあります。

(1)営利を目的とせず
(2)名目を問わず観衆から料金を徴収せず
(3)出演者に報酬(ギャラ)が支払われず

ことライブハウスの場合、この3要件のどれかに引っかかるので、やはり著作権手続きが必要になるということですね。

ちなみに、著作権が消滅していれていれば、その分は手続きの必要はありません。日本人の楽曲の場合、消滅は死後50年。洋楽だと国によって戦時加算があるので、最長10年5か月程度延長される場合が多いようです。ちなみにドイツやイタリアは日本と同じ敗戦国なので戦時加算はありません。

さて、この手続き。著作権法に沿えば、原曲を作った作詞・作曲家ひとりひとりに対して行うことになりますが、実務ではJASRAC日本音楽著作権協会)など管理団体へ手続きすることが殆どです。管理団体は、作詞・作曲家から著作権を預かり、手続きの窓口になっているんですね。

この手続き、基本的には事前に行う必要があるそうです。めんどくさいですね。
何故、事前にやらんといかんのか。このウラには、やはり法律があるんですね。

著作権法民法の特別法、つまり民法が「親」で、著作権法が「子」の関係にあるそうです。この民法に「物権」というのが定められているんですね。簡単にいえばモノを所有する権利です。そのせいか、子である著作権には「物権チックな権利」という性格があるそうです。(専有権 / 第21~28条)

例えば、消しゴム1個にも物権はあります。友人なら黙って使っても見過ごせますが、知らない人が勝手に自分の消しゴムを使ったら、ムっとしますよね。これが家だったら。見ず知らずの人が勝手に上り込んできたら、警察呼ぶぞ!という位にシリアスです。そこで物権には、妨害排除請求権(出ていけ!)、妨害予防請求権(勝手に入るな!)という強力な権利が付与されています。そして著作権にもこれが認められています。(差止請求権 / 第112条)

他人の作品を使うとき、あらかじめ「いいよ!」を貰う必要がある背景には、こんな法律が背景に潜んでいるんですね。無断で使うのは、例えわざとじゃなくてもNGとなります。(不法行為 / 民法709条)

ちなみにCDなどへの録音、歌詞や楽譜の出版、コンサートなど、セットリストが早い段階で決まっている利用分野では、事前に1曲1曲ていねいに手続きする慣習が業界に確立しています。(曲別許諾)

2 包括許諾ってなんだ

話がそれましたね。
ライブハウスに戻ります。

ライブハウスでは、日ごとにセットリストが変わり、たくさんの曲が使われます。なもんで、事前に「いいよ!」を貰うのは非常にめんどくさいです。毎回のライブごとに、事前に曲別許諾を取るのは、かなりしんどそうです。

ちなみに、JASRACのライブハウス料金表(使用料規程)には、一応、曲別料金もあるようです(19頁 別表8の2)。でも出演グループ全部のセットリストをキチンとまとめて事前に届けるのは、本当に目が回りそうです。期間限定とか、月数回のみのライブならともかく、通年営業のハコでは、事前にきっちりやるのは、相当根性がいるのではないでしょうか。

このようにセットリストを事前に出すのが困難なケースについて、ユーザーの負担を軽くするために、著作権管理の世界では包括許諾という方式があるそうです。おそらく欧米の著作権団体が始めたんでしょうね。JASRACも、放送やライブハウスなど、大量の作品が使われ事前の曲別許諾が難しい分野で、この方式を採用しています。

ライブハウスで包括許諾を取る場合、使用料は月極め料金になるようです。コインパーキングと月極め駐車場の関係と似てますね。使用料規程で曲別と通年利用の包括料金を対比してみると、こんな感じのようです。(7頁別表1と19頁別表8の2)

 包括 月額 21,000円(40座席、標準単位料金3,000円、月間30時間までの演奏)

 曲別 単価 140円(40座席、標準単位料金3,000円)

つまり 21,000 ÷ 140 = 150曲、上記の条件の場合だと、月に150曲が境界線になるということですね。しかし実際のところ、わずかな金額のプラマイよりも、事前にセットリストを出さなくても良いという点こそが、包括許諾の大きなメリットではないかと感じます。

包括契約にすると、JASRAC管理楽曲は何でも使ってOK、だそうです。これは使う側からするとちょっと得したような気もします。反面、作詞・作曲家側からすれば、どの曲を使ったかがわからなければ、自分たちの取り分が判らない、というデメリットが出てきます。このバランスをとるため、JASRACはサンプリング調査というのをやっているようです。(参考:JASRAC HP 使用料が分配されるまで


このライブ部というサイトを見ると、全国に約4,380カ所のハコ(ライブハウスとホール)が登録されています。そのうち200人までのハコをライブハウスと仮定すると、東京都の比率(200人まで627カ所/全1,175カ所)から、約2,330件という数字が出てきます。

サンプリング調査というと、放送の視聴率が有名ですが、ビデオリサーチは、関東地区約1800万世帯に対し、600世帯のサンプリング調査をしているようです。これに対し、JASRACは四半期ごとに800件と公表しています。4半期で公演日が60日程度とすると、800公演/約14万公演(2330件×60日)、比率にすると 0.5% ということですね。モニター機器で丸一日調べられる視聴率調査と、人力に頼り公演時間分をモニターするセットリスト調査では、統計的な母数の設定が違うのかもしれませんね。

このサンプリングの頻度は、使う側と作った側の利害が真っ向から対立するポイントと思います。特にセットリスト作成の人件費を誰がどういう風に負担するか、という点で。

しばらく前の日経社説に、放送の包括許諾について、「ITを使った仕組み」を提案する記事がありましたが、日経ですら、誰がセットリスト作成経費を負担するかという点には触れていませんでした。JASRACが負担すればいいじゃないか、と短絡的に思ったりもしますが、これは最終的に使用料か手数料に上乗せされる可能性が高い。とにかく、サンプリングの精度を上げると結局コスト負担をセットで考えなければいけない。結局、どこでバランスをとるかの問題なんでしょうね。

 

このライブハウスまわりの問題、基礎だけでも意外と奥が深いですね。続きは来週にしようと思います。

(次回予告)

3 セットリストに自分曲が混じる場合、手続きはどうなるのか

4 誰が手続するのか