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保護期間70年を考える

TPPで海外から要求されている項目のひとつに、著作権保護期間の延長がある。現行50年を欧米の著作権先進国並みに、70年に延長せよ、という要求である。今日はこれについて考えてみたい。

 実は「何のための延長か」という点について、本質的なオピニオンがどこからも出ていない、というように私は感じている。

 期間延長(70年)派は「著作権保護のため」「国の農業を守るための交換条件として」など、あまりに大義名分っぽくて実感が湧かない理由を立てている。また現行維持(50年)派は、「日本は著作権の貿易収支が赤字だから」とか「延長すれば孤児著作物(著者不明の作品)を増やす」などという。

 生意気を承知の上で、あえて双方を否定させていただく。私は、著作権の本質、つまり「創作のインセンティブ(モチベーション・アップ)」に立ち返れと考えている。そして「創作のインセンティブ」を本質的にとらえた政策・方策を誠実に実現していくべきだと強い信念を持っている。以下、わかりやすく具体的な説明を試みたい。

 保護期間の延長が誰に利するか。まずそこから考えてみる。

 著作者本人は、没後70年に伸びたとて、果たして孫の代まで保護が要るかと懸念するケースが殆どではないか。
 芥川龍之介一家の例に顕著なとおり、早逝した作家の家族のために、没後も著作権を保護するのは大事ではあるが、いくらなんでも70年は長く感じる人が多いと思う。
 ぐうぜん芥川家は、子の代も文化芸術に身を投じたので、からくも没後の保護期間が「次世代の創作のインセンティブ」につながったが、そういうケースはまれであろう。子供が歌舞伎の名家よろしく文化芸術に身を投じてくれるかどうかは、わからない。

 没後の保護期間延長の恩恵が最も奏功するのは、実は、創作者を周りから支えるスタッフたち、つまり制作工房の人たちではなかろうか。

 著作権というと、ついつい著作者個人の専有物のように信じる人は多いが、実は、職務著作(著作権法第15条)や映画の著作者規定(同第29条)、出版権者の規定(同第79条~)に見られるように、文化芸術を支えていくスタッフ全体に、著作権ロイヤリティの果実を行きわたるような仕組みが、著作権法には込められている。
特許法は、もっと明確に、発明者個人のみならず、企業や研究所全体を考えた上で権利の主体について規定されている。

 プロのコンテンツというのは、小説にしても、音楽にしても、映画にしても、美術にしても、放送番組にしても、作者ひとりではなく、周囲のスタッフの協力があってはじめて世に出るものが殆どである。しかし著作権法の規定では、作者以外にロイヤリティの恩恵にあずかれるのは、「実演家」「レコード製作者」「放送事業者(有線放送を含む)」の三者しかいない。だから、プロの世界では、根源的には作者にのみ発生する著作権ロイヤリティを、著作権譲渡によってスタッフたちにも還元する仕組みがある。

 たとえば、音楽の世界では作詞家・作曲家のほかに「音楽出版社」というのが著作権者になっていることが多い。ぱっと目には「楽譜の印刷屋さん」みたいに見えるが、実はこの音楽出版社が、音楽を支えるスタッフたちへの著作権ロイヤリティの分電盤になっている。

 楽曲は、純粋に作者の発意で作られるものだけではない。後世まで人から愛されるポピュラーソングには、意外とスタッフやスポンサーの発意によるものも多い。ミュージカル、CMソング、番組主題歌、映画音楽、などは顕著でわかりやすい。純粋に音楽アーティストが発表する作品でも、当然に芸能プロダクションやレコード会社など周囲のスタッフが、知恵と手を差し伸べている。広く世に行き渡らせる必然のあるプロの音楽は、アマチュアとは違って、アーティストひとりでは成り立ちにくい。

 音楽出版社が受け取る著作権ロイヤリティは、最終的にこれらの関係スタッフや、作品を最初に送り出した際の、最初の出資者に再分配されていくことが多い。

 ちょっと話がそれたが、保護期間の延長分は、文化芸術の保護者でもある、こういった関係スタッフや、創作工房が、一番の恩恵を受ける当事者になると私は思う。


 私はスタジオジブリが大好きである。ジブリは宮崎さん、高畑さんだけのものではない。「工房」である。しかも、創作について真摯に取り組んでいる工房である。出来上がってくる作品は、どれも味がある。ジブリのような真摯な工房を長く存続させるためには、保護期間の延長は、意義があるもののように私は思う。

 フランスなどは国が文化芸術の存続のため税金を投入しているが、これには、自助努力をしない、堕落した芸術家を生みかねない、という弊害もある。文化芸術に税金を注ぐのもいいが、創作のインセンティブは、税金投入より、著作権ロイヤリティのほうが、効果が大きいと私は思う。

 ここで注意せねば、と思うのは、著作権ロイヤリティの権利が、作者以外の手に渡るケースには、投機目的だけのケースがある、ということである。

 ロイヤリティがキチンとした工房に還元されれば、次の作品として文化芸術が再生産されるが、利ザヤ目的で転売されると、文化芸術の再生産につながらない、という問題が生じないか。キャピタルゲイン(転売益)が主目的の著作権譲渡は、制作工房の荒廃を招くリスクがあると私は思う。

 まとめに入ろう。保護期間の延長は、個人的には、創意や熱意のあるスタッフや工房のためには、非常に有益。ただし、転売益目当ての投機マネーの流入に常に注意を払わないと本末転倒になる。これが私の考えである。

 余談だが、「貿易収支で赤字になるから」という理由は、目先の利益にとらわれ、次世代や国の未来や誇りを捨てているようで、好きではない。

 長い目で見て、「どうせ欧米にキャッチアップできないし、50年でいいや。」というのは、どうもネガティブ指向に思え、世界に通じる立派な作品を作るかもしれない次世代の若者から、バカにされそうな気がする。

優れた工房、そしてスタッフを守り育てることは、非常に有益で大切な事だと私は信じて疑わない。だから、そのための原資としての20年分なら、保護期間延長もやむなしと思っている。